村尾在宅クリニック

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2021年度お看取り実績

2022.04.08

見慣れた光景のなかで、大切な人たちと時間を過ごすことができる在宅医療。
「最期は住み慣れた場所で、大切な人に見送られたい」と考えられている方は多いのではないでしょうか。
しかしながら”不安がある”、”家族に負担がかかる”などの理由で、その実現は難しいと考えられている方も多いと思います。

当院では、24時間の往診体制や他機関との連携を通じ、患者さま・ご家族の不安や負担を軽減するように努めています。
当院の多くの患者さまが在宅で療養生活を送られていますし、そして住み慣れた場所でそのまま旅立ちを迎えられた方も多くいらっしゃいます。

「看取り」とは何なのか

看取りとは、自宅で死亡診断をすることではないと理解しています。

大切なのは、病状や老衰の進行により、医療によって改善が見込めない状況にあっても、その人の選択が尊重されること、そしてその人が望む場所で最期まで生活が継続できるよう支援すること。最期まで自宅で生活を継続した結果、その場所から旅立つ。この援助のプロセスの全体が看取りであると私達は考えています。

従って、私たちは看取りの場所を自宅に限定していません。施設こそがその人のすまい、というケースもありますし、人によってはお世話になった病院で、あるいはより安心のできる緩和ケア病棟で、という選択もあります。

私たちがチームで共有している規範は、その人にとっての最適な選択を支えること。『自宅が一番だ』『みんな自宅へ帰ろう』という支援者の想いを押し付けるのは、精神的暴力以外の何物でもありません。

それでも、多くの方は、残された時間が限られているのであれば、命の限り、自宅で過ごしたいと願っていることは各種調査でも明らかになっています。私たちはその思いに寄り添う事を信念として考えております。最後まで伴走させていただいた方の多くの方が、病院ではなく、住み慣れた場所から旅立たれていきます。

なぜ、「看取り」にこだわるのか

私たち在宅医の仕事が、療養生活の支援だからです。治らない病気や障害があっても、生活の継続を諦めたくない。たとえ、残された時間が短くても、人生に対する納得を諦めたくない。そんな患者さんたちの思いを叶えるのが、自分たちの使命だと考えているからです。

医師の仕事は命を助けること。1000人の看取りとは、1000人の命を救えなかったこと。死神でもあるまいし、死亡者の数を誇るのは非常識だ。

もっともなご指摘だと思います。

「効果が期待できる治療法はもうありません。申し訳ありません。」

自分がこれまで患者さんたちにかけてきたこの言葉そのものが、もしかしたら、患者さんや家族を不幸にしてきたのではないか。この言葉が、病気が治らないという事実ではなく、病気が治らないことが不幸である、という価値観を患者さんや家族に植え付けてきたのではないか。

これまでの自分の言動を深く反省しました。

僕がかけるべき言葉は、「治療法はもうありません。だけど、あなたの生活や人生が終わってしまうわけじゃない。これからどうしていくのがいいのか、一緒に考えましょう。」だったのではないか。

私たち在宅医を必要としているのは、実はその多くが、命に限りがあることがわかっている患者さんたちです。

命を守るための努力を重ねてきた、その上で、治癒しないという事実を受け入れようと努力している患者さんたちです。

在宅主治医がすべきことは、死を待ちながら「助けられなくてごめんなさい」とともに涙を流すことでしょうか。

もちろん共感の気持ちは大切にすべきだと思います。しかし、もっと大切なのは、患者さんとご家族の涙を拭いて、残された時間をよりよく生きるためにどうすればいいか、ともに考えることなのではないでしょうか。

それは何もせずにただ死を待つ、というものではありません。

死神と私たちの違いは、その人の「死」ではなく、よりよい「生」のために、私たちが努力をする、ということです。

不安定な病状の人たちが、不安なく自宅で生活ができること。そのためには、日々の継続的・計画的な健康管理に加えて、確実な24時間対応、そして入院を望まない人たちに自宅で必要な医療的処置ができることも重要です。

積極的治療の医学的意義は、人生が進むにつれて徐々に低下していきます。それでも、治療が可能な限り、その人や家族が治療を望み、治療によって生活を取り戻せる可能性があるのであれば、入院医療を検討することもあります。

それは、単に生物学的な命を守るためではありません。その人の生活の継続を守る、その人の人生の所有権を守るためです。従って、たとえ命を守れたとしても、その人の望む生活の継続、本人の尊厳が失われてしまう状況においては、時に積極的治療をあえて選択しないこともあります。そして本人、周囲も含め、熟慮の末に行われるこの決断は、決して命を蔑ろにするものではないと思います。

愛する人との別れは誰にとっても辛いものです。

だからこそ、旅立つ本人にとっても、残される家族にとっても、それがもっとも苦痛が少ない、いや満足できる形にしたい。

それは、最期の瞬間にこだわるだけでは不可能です。どう死んだのか、ではなく、最期までどのように生きたのか、その選択に納得できていたのか。意思決定のプロセス、生活の援助、苦痛の緩和、すべてがつながって、在宅療養支援という形になって初めて実現できるものだと思っています。

私たちは一人ひとりの人生に真摯に向き合います。

すべてが分かり合えるわけではありません。それでも、お互いに努力をして、信頼関係を構築し、最期まで伴走します。

その過程のすべてが「看取り」なのだと思います。

だからこそ、私たちは看取りにこだわります。

なぜ看取りの実績を公表するのか

それは、看取りが、私たち在宅医にとっての重要なアウトカムだからです。

患者さんの多くが自宅で過ごすことを望んでいるのに、実際には8割近い方が病院で亡くなっている日本。その人の望む人生の最終段階がどの程度実現できているのか、可視化する必要があると私達は強く感じています。

また、在宅医療は保険診療です。

その費用(診療報酬)の大部分は、患者ではなく、社会(保険者・納税者)によって支払われています。患者に最適なケアを提供する、という社会的責任を果たすことで、私たちはその対価の支払いを受けているはずです。費用負担者である社会に対し、自分たちがどのようなケアを行い、その結果、どのような価値を患者や地域に提供できたのか、説明する義務があると思います。

在宅医療を提供する医療機関の中には、実はあまり看取りをしていないクリニックが少なくありません。特に大規模な在宅医療専門クリニックの中には、日中の定期訪問診療以外はほとんど対応しない組織も実は存在します。

私たちの組織のコアバリューは「患者のニーズが最優先」というものです。チームのスケールを大きくしているのは、より多くの医療の選択肢を在宅で提供できるようにするため、そして、持続可能な形で確実な24時間対応を提供し続けるためです。それが患者や社会のニーズに応えることになると信じているからです。

2021年度お看取り数

2020年度のお看取り数は、21名でした。

2021年度のお看取り数は、60名でした。

これは、同様なデータ比較で福岡県の在宅医療において6番目、九州全体の在宅医療において14番目になります。

徐々に当院の認知度も上がり、自宅でのお看取りについて大牟田市を中心に、みやま市、荒尾市、柳川市、南関町、玉名郡長洲町など多岐に渡っております。

今後も、在宅医療、救命救急、緩和医療、お看取りなどの分野において、貢献できるように日々頑張って診療していきたいと思います。

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